DEAD END

#1 『ラストピッチ』

○小学校のグラウンド(昼)

         日差しが降り注ぐグラウンド。
         同級生の応援の声が響く中、ユニフォーム姿の少年たちが、野球の試合をしている。
         マウンド上で、真剣な表情でミットを見つめるピッチャーの少年。

○同、グラウンド脇のベンチ

         ベンチに腰掛けて、少年たちの試合を見ている二人の老人。
         杖を持った小柄な市島保男(78)と、眼鏡をかけた大柄な田所正則(81)。
田所「あのピッチャーの…よう似とるな、あいつに」
市島「ええ…」
         遠い目をしている二人。

○小学校のグラウンド

         ゆっくりと振りかぶってボールを投げる、ピッチャーの少年。

○飛行場近くの空き地(昼)

         ボールが勢い良くミットに吸い込まれる。
         ミットを握っているのは若き日の市島(19)。
         テロップ『1945年8月』
審判「ストライク!」
         周囲から上がる兵士たちの歓声。
         バットを地面に叩きつけ、仲間のところに戻っていく打者。
         ボールをマウンドに投げ返す市島。
市島「よーし!あと一人だぞ西田!」
         ボールをキャッチして軽く頷く西田高光(21)。
         打席に入ってくる若き日の田所(22)。
田所「見てろよこの野郎。でかい奴をお見舞いしてやる」
         勢い良くバットを振る田所。
市島「田所中尉が打てなけりゃ、西田のノーヒットノーラン達成ですよ」
田所「そりゃ残念なこった。そうはいかねぇよ」
         マウンドに立つ西田を睨む田所。
         ゆっくりと振りかぶって、ボールを投げる西田。
         大きくスイングする田所。

○兵舎の食堂(夜)

         長机と椅子が並ぶ汚い食堂。
         その一角で兵士たちを前に話している市島。
市島「…それで、勢い余った田所中尉がこう、ひっくり返って…」
         田所の真似をした市島が床に転がる。
         その様子を見た兵士たちから笑い声が上がる。
田所「うるせぇ市島、もう一球あれば絶対に打てたんだよ!最後にあのアメ公の空襲警報がなけりゃ、間違いなくかっ飛ばしてたんだ…!」
市島「またまたあ。警報鳴ったとき、空襲だってのに中尉ホッとした顔してたじゃないスか」
田所「なんだと…!」
         拳をグーにして市島を睨む田所。
市島「い、いやあ、でも惜しかったなあ。アレがなければ西田のノーヒットノーランだったかもしれないのに…。そういやあいつどこに行ったんだろ?」
         慌てて言い募る市島。
兵士「飯が終わったあと指令室に呼び出されてたなあ」
市島「野球の成績を買われて、勲一等授与、とか」
田所「馬鹿、このお国が大変なときに何のんきなこと言ってんだ。明日にもアメ公が乗り込んでくるかも知れんのだぞ」
市島「そしたらアメ公と野球の試合すりゃいいんスよ。西田の投球の腕にビビって、ケツまくって逃げて行きますよ」
         ボールを放る真似をする市島。
         食堂の扉が開いて、西田が入ってくる。
兵士「お、今日の英雄のお出ましだ」
         歓声をあげる兵士たち。
         無言で顔を伏せる西田。
         表情を曇らせる田所。
田所「…おい、まさか…」
         頷く西田。
         その様子を見て、一様に静かになる兵士たち。

○飛行場近くの空き地(夕)

         傾斜した草地に座ってぼんやりしている西田。
         歩いてくる市島。
市島「いろいろ噂には聞いてたけど…。ついにここにも回ってきたってわけか…」
西田「ああ…」
         二人で空き地を眺めている西田と市島。
         バットとグローブを担いだ田所が歩いてくる。
         田所を見る二人。
田所「名残に一丁やろうぜ」

         ×       ×       ×       ×       ×

         ミットを構えた市島とバットを構えて打席に立つ田所。
         マウンドの上でボールの感触を確かめる西田。
         ゆっくり振りかぶってボールを投げる。
         ボールがミットに収まる。
         大きくスイングしてよろける田所。
市島「ストライク!」
         頭を振りながらバットを構えなおす田所。
田所「畜生、やっぱ速ぇな」
         ボールを投げる西田。
         スイングした田所のバットを掠める。
市島「ストライク!」
田所「クソッ!惜しい!」
         何度かバットを振る田所。
         西田にボールを放る市島。
市島「よーし、あと一球だ!」
         ボールをキャッチし、軽く頷く西田。
         バットを構える田所。
田所「さあ来い!」
         ゆっくりと振りかぶって、投げる西田。
         ボールがミットに収まる。
         バットを構えたまま動けない田所。
         ボールをキャッチしたまま俯いている市島。
市島「…ストライク!」
         マウンドの上で微笑む西田。
西田「…ありがとう」
         三人の影が空き地に長く伸びる。

○飛行場(昼)

         晴れ渡った青空。
         プロペラが回り、離陸準備が整った訓練機が並んでいる。
         滑走路に飛行服を着た数名の兵士たちが並ぶ。
         それを見送る市島ら。
         皆一様に固い表情をしている。
         飛行服を着た西田が、目の前に立つ市島にボールを放る。
         ボールを受け取る市島。
         敬礼する西田。
         返礼する市島と田所。

         ×       ×       ×       ×       ×

         出撃していく訓練機。
         それを見送る兵士たち。
田所「…あいつはストライクを決めてくれるさ」
         訓練機が見えなくなっても敬礼し続ける兵士たち。

○兵舎の食堂(昼)

         誰もいない室内。
         かすかに流れてくる玉音放送。

○小学校のグラウンド(夕)

         試合が終わり、誰もいなくなったグラウンド。
         ベンチに座っている二人の老人の影が長く伸びる。