DEAD END

#4 『眺めのいい場所 The Highest Fine Place』

○遊園地(昼)

         誰もいない遊園地。
         門には「本日休園」と書かれた札が下がっている。
         止まっているメリーゴーランド。
         止まっているゴーカート。
         止まっているジェットコースター。
         遊園地全体が死んだように眠っている。
         しかし、その中で、観覧車だけがゆっくりと動いている。
声「『馬鹿と煙は高いところが好き』という言葉を知っているかな?」
         誰も乗っていない観覧車のゴンドラ。
声「わたしゃね、そいつはちっとばかし違うと思うのさ」
         どのゴンドラにも、やっぱり人の姿はない。
声「誰も彼も高い場所に上ると、みんな我を忘れてぼうっとなっちまう。辛いことも悲しいことも忘れて、ただ
  馬鹿になれるってことさね」
         ゴンドラはゆっくりと上がっていく。
声「ここに来る客はみんなそうさ。そう、ここは何と言っても―」
         ゆっくりと回り続ける観覧車。

○高校の教室(夕)

         放課後の教室。
         グラウンドからは、野球部の掛け声などが響いてくる。
         机を挟んで座っている女子高生、保坂智子(17)と、進路指導員の阪本孝治(57)。
         机の上には模擬試験の判定結果の用紙。
         軒並み「E」の文字が並んでいる。
         うなだれる智子と、腕を組んで窓の外を見ている阪本。
智子「あのぉ〜」
         恐る恐る阪本に声をかける智子。
         腕を組んだまま動かない阪本。
智子「あの、ええっとぉ、そろそろ…」
         じろりと智子を一瞥する阪本。
         おもわず首をすくめる智子。
         上目遣いに阪本を見る。
智子「そろそろ…帰ったりとかしても…」
阪本「なんだ。何か用事でもあるのか」
         外から、野球部のカキーンというバットの快音が響いてくる。
智子「いえ…あの、部活?とか…」
阪本「こないだ入って、三日で辞めた囲碁部のことか?」
智子「なぜそれを…」
         顔を背けて小声で呟く智子。
         気を取り直して、
智子「あ…あー違った、そのぅ…あ!実はうち、門限…?が厳しくて…」
阪本「こないだ俺が夜帰るとき、コンビニで友達と立ち読みしてるのが見えた気がするが」
         また野球部のカキーンという音。
智子「…」
阪本「保坂、お前コレの意味分かってんのか?」
         模試の結果用紙を指で叩く阪本。
智子「はあ…まあ…」
         ため息をつき、懐から一枚の紙を取り出す阪本。
         それを智子の前にこれ見よがしに置く。
         紙には丸字で「トモコぉ、こないだの囲碁部の男どうだったー?」「やっぱダメだわ。なんか
         違ったー。もう辞めるー」といったことが書かれている。
         慌てて紙をつかんで丸める智子。
         はっとして阪本を見る。
         無言の阪本。
         無言の智子。
         カキーンという快音が窓の外から響いてくる。

○同・廊下(夕)

         誰も歩いていない廊下。
         教室のドアが開き、智子が出てくる。
智子「ありがとうございましたぁーっと」
         適当な挨拶をし、歩き出す智子。
         手には模試の結果用紙。
         それをぷらぷらと振りながら歩く。
         と、用紙が手から離れ、前に滑っていく。
智子「ありゃ」
         用紙を追いかける智子。
         用紙が滑っていった先には、男の足。
         用紙を拾い上げる高校生、篠原智之(17)。
         手に持った用紙を一瞥し、ちょっと笑う篠原。
         そんな篠原をぼーっと見ている智子。
篠原「はい」
         用紙を差し出す篠原。
         相変わらずぼーっとしたままの智子。
篠原「これ、君のでしょ?」
智子「あ…はい…」
         ぼんやりと篠原を見ながら受け取る智子。
篠原「それじゃ」
         歩いていく篠原をぼーっとしたまま見送る智子。

○同・校門(夕)

         ぼんやりした足取りで校門を出てくる智子。
         校門の脇にしゃがんで携帯を見ていた智子の同級生、野中サチ(17)が智子に気付く。
サチ「遅えよー智子ー」
         震えながら智子に近づくサチ。
         そんなサチをぼんやりと見る智子。
         智子の様子に気付くサチ。
サチ「智子?おーい智子ー」
         智子の目の前で手を振るサチ。
         サチに気付く智子。
智子「あれ?サチ」
サチ「あれ?サチ、じゃねーわよ。なにあんた、また例のビョーキ?」
智子「へ?」
         深いため息をつくサチ。
サチ「あーこりゃダメだわ。今度はなに?将棋部?落語部?」
智子「落語?」
         処置無しとばかりに頭を振るサチ。
サチ「いや…もういーわ。それより、遅かったじゃん」
         歩き出す二人。
智子「え?ああ、うん。阪本にたっぷりイビられた」
サチ「あーあいつ陰険だからねー。模試の結果どうだったんよ」
智子「Eがいっぱい」
サチ「そりゃ阪本も怒るわ」
智子「『お前は今、恋愛などにうつつを抜かしとる場合なのか?』だってさ。頭くるー」
サチ「あんたのは恋愛じゃなくて一方的な片思いだけどねー」
智子「うわ。超失礼」
サチ「まあまあ。いいんじゃないの?『命短し恋せよ乙女ー』っていうしねぇ」
智子「なにそれ?」
サチ「ん?歌だって。古いやつ。うちのばあちゃんが時々歌ってる」
智子「はー、昔の人はいいこと言ったわー」
サチ「あんたのはビョーキだけどねー」
         小突きあいながら歩いていく二人。

○都電乗り場(夕)

         乗り場の前に立っている智子とサチ。
         改札に向かおうとする智子。
サチ「んじゃーねー」
         サチを振り返る智子。
智子「あれ?あんたは?」
サチ「彼氏ん家で勉強」
         イヒヒ、と笑うサチ。
         ふくれる智子。
智子「裏切り者ー」
         手を振って分かれる智子とサチ。

○都電の車内(夕)

         電車に乗り込む智子。
         と、先ほど会った篠原が乗っている。
         思わず顔をうつむける智子。
         智子に気付かない篠原。
         ちらちらと篠原の方を伺う智子。
         駅に着き、電車から降りる篠原。
         降りようかどうか迷う智子。
         運転手がジーッと見ている。
         慌てて降りる智子。

○商店街(夕)

         歩いている篠原。
         それを見ているカーネル・サンダース…の陰に隠れる智子。
         そんな智子を見ている5歳くらいの子供。
子供「ママー。あのお姉ちゃん…」
         慌てて子供の手を引き、立ち去る母親。
         隠れながら篠原の後を尾けていく智子。
         コンビニに入る篠原。

○コンビニ(夕)

         雑誌を立ち読みしている篠原。
         少し離れた位置で、雑誌を読むフリをしながら篠原を見ている智子。
         ふと気がつくと、隣にいるジャンパー姿の中年男が口を開けて智子を見ている。
         自分の持っている雑誌に目をやる智子。
         そこには『実録!援交女子高生!』といった文字とヌード写真。
         慌てて雑誌を放り、逃げていく智子。

○遊園地の前(夕)

         腕時計を見ながら歩いていく篠原。
         尾けていく智子。
         ふと、立ち止まり振り返る篠原。
         慌てて遊園地の柵を乗り越え、隠れる智子。
         再び歩き出す篠原。
         何とか篠原を見ようとする智子。
         観覧車が動いているのを見つけ、乗り込む。

○観覧車のゴンドラの中(夕)

         川沿いのベンチに座っている篠原。
         ゴンドラの中からそれを見ている智子。
         と、篠原のもとに一人の女の子が駆け寄ってくる。
         あ、という顔をする智子。
         仲良く並んでベンチに座り、キスをする二人。
         放心したように顔を上げる智子。
智子「なにやってんだろ、あたし…」
         ため息をつき、呟く智子。
         色々なことがこみ上げてきて、泣きそうな顔になる。
         観覧車のゴンドラが頂上に来る。
         顔を窓の外に向ける智子。
         窓の外には、紫色に染まった空と、夕暮れの街並みが広がっている。
         ぼんやりと景色を見ている智子。
智子「命短し恋せよ乙女…」
         呟きながら、ぼーっと景色を眺め続ける智子。

○観覧車の前(夕)

         サッパリした表情で伸びをする智子。
         と、遠くから怒鳴り声。
         初老の警備員が智子の方を見て怒鳴っている。
警備員「コラー!」
智子「うわっヤバッ!」
         慌てて走り出す智子。
         走ってくる警備員。
警備員「コラッ!待たんかーっ!」
智子「すいませーん!」
         走りながら謝る智子。
         笑顔で走っていく。
         観覧車の前まで走ってくる警備員。
         立ち止まり、足元に落ちている紙を拾い上げる。
         「E」が並ぶ智子の模試の結果用紙。
         怪訝な顔で観覧車を見上げる。
         ピクリとも動かず、止まっている観覧車。
         再び用紙に目を戻しながら戻っていく警備員。
声「まあ、たまにゃこういう休日も悪かないさね」
         夕闇にそびえ立つ観覧車。
声「ぐるぐる回って、降りてきたときにゃあきっといい気分になってるってもんさ」
         止まっているメリーゴーランド。
         止まっているゴーカート。
         止まっているジェットコースター。
声「嘘だと思うなら、一度来てみるといい。そう、ここは何と言っても―」
         止まっている観覧車。
声「一番眺めのいい場所だからね」

         暗転。
         エンドロール。


《裏本》

智子:惚れ性。以前、惚れていた囲碁部の男に近寄るため三年生にも関わらず入部し、周囲から顰蹙を買う。が、男の碁を打つときに貧乏ゆすりをする癖が気に入らず、あっさり退部した。惚れっぽい性格は昔からで、初恋の人は小学一年のときの担任教師。ストーキングの癖も当時からで、六駅離れた家まで尾行し、あろうことか担任教師の不倫現場を押さえてしまったりした。慌てた担任はチョコレート一枚で智子を買収し、その秘密は今でも守られている。

阪本:教師生活三十年、受け持った教え子はすべて志望校に入学させてきたという実績を誇りにしている。しかし、ここにきて智子というイレギュラーが発生し、なんとか志望校(といっても、智子が適当に名前だけで決めた大学だが)に受からせようと日々苦労している。が、それがほんの僅かでも結実していないあたりが涙を誘う。最近持病の偏頭痛が再発してきており、何かと悩みの種が多い。

サチ:智子とは小学校からの付き合い。惚れっぽく直行型の智子の世話を何度となく焼いてきたため、最近では顔色ひとつで一目惚れモードかどうか分かるようになった。意外と成績は良く、国立大学の推薦枠にも入っていたが、大学生の彼氏と同じ私大に通うため推薦を蹴り、現在猛勉強中。いまだに智子に彼氏を会わせていないのは、万一智子の一目惚れ病が発生したりすると面倒だからだったりする。

篠原:弓道部所属。インターハイにも出るほどの実力派で、全校生徒の前でスピーチしたりしていたが、当時の智子は天文部の男に片思い中で、まったく眼中に入っていなかった。コンビニで読んでいたのも『弓道マガジン』である。今の彼女とは塾で知り合ったが、彼女の頭はお世辞にも良いとは言えず、志望校のランクを落とそうかどうか悩み中。

篠原の彼女:他校の生徒。篠原に勉強を教えてもらう口実で毎日会っているが、実は単にイチャイチャしたいだけだったりして、成績の方はサッパリ上がらなかったり。

中年男:スロットで勝ったので風俗へ行こうとして、コンビニの雑誌コーナーに立ち寄ったものの、智子の尾行姿に気分が萎え、結局レストランで高めの晩飯を食った。

警備員:元々は遊園地で観覧車の操作員をしており、定年と共に警備員として再就職した。この遊園地をこよなく愛しており、死んだら遊園地に骨を埋めてほしいと思っている。最近は休みの日でもカップルや子供が忍び込んできたりするので、夜も泊り込んで警備している。この話の後、模試の用紙から智子の正体を突き止め学校に連絡し、智子が阪本から雷を落とされたのは言うまでもない。

声:観覧車の心の声?毎日毎日ぐるぐる回っている。最近の心配事は、ケンカ仲間の隣接したジェットコースターが老朽化してきているため、取り壊されてしまわないかということだったりする。